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真宗で味わう『日々是好日』

み仏さまの光明に護られて送る一日一日は浄土に向かっての旅です。二度とない今日という一日が尊く光輝いています。いろいろな問題や悩みもやってきますが,それも仏様に護られている上での出来事ですから心の底には安心感があります。一日一日を大切に生きながら折々に感じたことを書き留めていきたいと思います。


道と約束があれば

  1. 2016/03/22(火) 22:42:21_
  2. 未分類
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昨日見ていたテレビドラマ。「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」というタイトルの番組。 北海道まで彼女にトラックで会いに来た彼の言葉が印象的だった。彼女の「また会えるかな」の言葉に「道と約束があればきっと会える」 そうだよね。人が友達と会うとき,何時にどこそこでと約束をするよね。その約束を交わしているから「会える」わけだよね。弥陀の本願も私との約束。その約束の言葉を受け入れた者は,約束を交わしていることと同じ。テレビの彼は北海道までトラックで会いに行ったが,お浄土へは「二河百道」という道がある。ちゃんと道と約束があるではないか。「道と約束があれば会える」はやはり真実だね。テレビではもう一つ何か言っていたけど聞き漏らしてしまった。道と約束ともう一つ。何だろう。「時間」だったかな。それとも…。
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弥陀の名号(加茂仰順師)より14

  1. 2016/03/20(日) 13:40:18_
  2. 仏法
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御名号を聞くというのは,御名号の本を聞くのです。ここが大事なところです。親鸞聖人が,人よりもすぐれて喜ばれたのもここです。多く人は御名号を聞いて,その御名号を喜んでいますが,親鸞聖人はその御名号の徳,無量寿仏の威神功徳の不可思議なることの讃嘆を聞いて,その讃嘆のうちに,法蔵因位の本願を聞かれたのです。いわゆる仏願の生起本末を聞くのです。出来上がったお徳ばかりを聞いておるのではなく,その出来上がったお徳の讃嘆を聞いて,その徳を立てあげられた弥陀の本願の本を聞くのです。
 親鸞聖人には,何を聞かれてもそのものの底の底までが聞こえるのです。諸有衆生聞かれても,その弥陀の諸有衆生と呼びかけられる心の底の底を聞かれるのです。ああこの私が呼ばれるのだ。もう私は弥陀の心の底におるのだ。私が目当てなのだと聞かれるのです。名号の讃嘆を聞かれても,その御名号の弥陀のお徳は,ただの徳ではない,法蔵因位の本願から生まれてきたお徳である。その本願は遠いところにある本願ではない。この私がもとになって生まれた本願である。その本願から,この南無阿弥陀仏のお徳が私のものとして成就したのである。だから弥陀のお徳がもとの本願から生まれ出てくる。その本願が私の胸の中に聞き得られたとき,弥陀のお徳が私の徳としてあらわれてくるのであるといただかれたのです。ここに信心歓喜があります。


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プロフィール

アグリ長八

Author:アグリ長八
私の家は先祖代々農業を営んできた。私もまた受け継いだ田畑を守り、地域の先輩や仲間と共に米作りに勤しんでいる。曽祖父の名前が長八だったからであろう、物心ついた時から「ちょうはっつぁん」と呼ばれていたのを覚えている。我が家の仏壇には手垢のついたお聖教(正信偈や御文章)がたくさんある。仏縁の深い家に生まれたことをありがたく思っている。ふとしたきっかけでお寺参りをするようになり、仏様のみ教えによってお育てを頂いている。お育てにあずかりながら日々心の中に湧き出てくる私なりの味わいを記していきたい。

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