真宗で味わう『日々是好日』

み仏さまの光明に護られて送る一日一日は浄土に向かっての旅です。二度とない今日という一日が尊く光輝いています。いろいろな問題や悩みもやってきますが,それも仏様に護られている上での出来事ですから心の底には安心感があります。一日一日を大切に生きながら折々に感じたことを書き留めていきたいと思います。


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弥陀の名号(加茂仰順師)より8

  1. 2015/08/30(日) 12:51:29_
  2. 未分類
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  4. _ comment:0
名号は常に動いています。死んで私たちを往生せしめるというだけではありません。私たちが人生生活を送る間にも,このように私たちをして称えさせて下さる。こうまでご親切に如来は私たちの生活の上に念仏をさせたもうものであります。こういう意味において,私たちは弥陀の救いの働きを,現にこの世において仰ぎみることになるのであります。それはわが幼い子に「お母さん」と言わしめる母心のようなものです。「お母さん」と言わしめねばおかぬという心は,母心を受けさせねばおかぬという母みずからの絶対の力であるのです。だから「お母さん」と言わせて下さる真実の働きが届くのです。そのように名号のいわれを聞かせて頂いたところには,称名がこぼれ出てくださるのです。
このような具合にして,私たち久遠のみなしごは,ここに永遠の母に会い,その御心のうちにとかしこまれたのであります。これを摂取不捨のご利益といいます。母を見つけた子は母の心がいつも子の心の中に流れ込むように,ひとたび仏の真実にうちあかされたならば,いつもかつもおあたえの名号をよろこび称えつつ,歩々光明の門に進ましめられて,このきたない体を捨てる時,まさしくみ仏の浄土へ生まれ,み仏のさとりを得,そして十方を摂化なされるみ仏のおはたらきを得させていただくのです。これを真実のさとり(証)のすがたというのであります。開けても暮れても私たちは苦しみの絶え間がありません。私たちはこの名号を称え,み仏の広大な恩徳を讃えまつるしあわせをよろこばせていただくのであります。(P96)
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プロフィール

アグリ長八

Author:アグリ長八
私の家は先祖代々農業を営んできた。私もまた受け継いだ田畑を守り、地域の先輩や仲間と共に米作りに勤しんでいる。曽祖父の名前が長八だったからであろう、物心ついた時から「ちょうはっつぁん」と呼ばれていたのを覚えている。我が家の仏壇には手垢のついたお聖教(正信偈や御文章)がたくさんある。仏縁の深い家に生まれたことをありがたく思っている。ふとしたきっかけでお寺参りをするようになり、仏様のみ教えによってお育てを頂いている。お育てにあずかりながら日々心の中に湧き出てくる私なりの味わいを記していきたい。

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