真宗で味わう『日々是好日』

み仏さまの光明に護られて送る一日一日は浄土に向かっての旅です。二度とない今日という一日が尊く光輝いています。いろいろな問題や悩みもやってきますが,それも仏様に護られている上での出来事ですから心の底には安心感があります。一日一日を大切に生きながら折々に感じたことを書き留めていきたいと思います。


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母の姿から

  1. 2014/06/29(日) 09:10:33_
  2. 仏法
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 ついついカーッとなって怒鳴ってしまった。「父は昨年亡くなったやろ」と何べん言っても聞き入れず,「あそこにいるんやろか」と話す母。息子の言っていることが嘘だと思っているのか。なぜ「ハイ」と言えないのか。なぜ「そうやったか。ごめんの」と言えないのか。いくら認知症気味でも…。
 しかしあとで,母の姿はそのまま私の姿であったと気づかされた。阿弥陀様は「そのまま救うぞ。間違わさんぞ。」と私に向かって常に仰せなのに,私の方は「これをしたら助かるのか」「なんで喜べないんやろ」「本当に救われているんやろか」などと阿弥陀様の仰せを無視してきたではないか。全く母と同じである。母を叱る資格などない自分だ。(H23年8月15日)
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南無阿弥陀仏のいわれ

  1. 2014/06/24(火) 21:43:30_
  2. 仏法
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南無阿弥陀仏のいわれは,この私でも教えを聞かせてもらえば理解できる。しかし,南無阿弥陀仏そのものはとうてい私の知恵で理解できるものではない。
南無阿弥陀仏がスーッと私の中を通ってくださる。これが楽な念仏というものか。以前は,どんな気持ちで称えたらいいのかとかこだわっていた。悩んでいた。そんな気持ちは今はない。

歯科医院にて

  1. 2014/06/17(火) 21:56:26_
  2. 未分類
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ある日,歯科医院で歯の治療中の際,先生が「今度はこの歯を治療したいんや」と話す。私はただ「お願いします」の返事をした。こちらから「治療してください」ではない。先生の方から「治療したい」と告げてくださる。ならばこちらは「どうぞお願いします」しかない。
阿弥陀様も「どうかお前を助けさせてくれ」とおっしゃる。ならば私の方は「どうぞお助けくださいませ」と返す以外に何かあるだろうか。(2011 平成23年1月29日)

不思議な出来事~虫との出会い~(2)

  1. 2014/06/07(土) 22:14:42_
  2. 仏法
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虫ではなく,人間としてこの世に生を受け,仏縁に恵まれ,阿弥陀様のみ心を聞かせて頂ける幸せ(知恵)を得ながら,その人間の知恵が今度は逆に自力のはからいとなって素直に本願を受け入れる邪魔をしている。お育てにあずかっておりながら同時に疑いの心,はからいとなり邪魔をしている。あーでもないこーでもないとわが胸の内を眺め,安心できないとかハッキリなりたいとか不足文句を言っている。もうどうにもならない。行き詰ったところへちょうどこの虫が私に説法してくれているみたいだ。
「そのままだよ」と。阿弥陀様の願いがそのまま何のはからいもなく素直に虫の声となって働いている。私もそうではないか。阿弥陀様の願いがそのまま私の口を通して働いているのではないか。そこに疑いとか自分の思いを何一つ加える必要がないではないか。人間の知恵が,私の計らいが邪魔をして,素直に受け入れることを拒んできた。阿弥陀様の願力はそのまま私に届いているのに,それを我がはからいの中に入れて,自分の知恵や思いで分かろうと分かろうとしていた。
 そんなことは一切必要もなければ,役にも立たぬことであった。阿弥陀様のみ心のそのままにしたがう。愚に帰れとはこのことではないか。虫がそのままお念仏の声を発しているように,私も同じくお念仏を称えるだけでないか。そのほかに何をあれこれ思い煩う必要があろうか。仏願の生起本末を聞かせて頂いたあとは,もう私は虫になってもいいと思った。
 阿弥陀様の願力が虫に今働いているように,私にも働いているのだから。(2011年1/13)


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プロフィール

アグリ長八

Author:アグリ長八
私の家は先祖代々農業を営んできた。私もまた受け継いだ田畑を守り、地域の先輩や仲間と共に米作りに勤しんでいる。曽祖父の名前が長八だったからであろう、物心ついた時から「ちょうはっつぁん」と呼ばれていたのを覚えている。我が家の仏壇には手垢のついたお聖教(正信偈や御文章)がたくさんある。仏縁の深い家に生まれたことをありがたく思っている。ふとしたきっかけでお寺参りをするようになり、仏様のみ教えによってお育てを頂いている。お育てにあずかりながら日々心の中に湧き出てくる私なりの味わいを記していきたい。

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